明治編 天王川畔 小亭(得宜楼別館)脇に憩う家族 明治30年代(1900頃)

天王川全風景の中で最も雅な場所が、写真の場所(小亭脇の水辺)であったとされる。
この小屋はもともと桑名への「船番所」であり、江戸時代では渡し場として重要な機能を持っていた。
明治以降、この小亭は老舗料亭「得宜楼」の別館となっていた。
ここは桜並木と天王川を一望できたことから、多くの来客で賑わったという。


←1へ 3へ→