津島市民病院 津島共存病院 今市場町3丁目 昭和13年(1938)

写真は昭和13年(1938)に開設された津島共存病院の様子。
同病院は、もともと共存園の診療部が拡張されたものであるため、
愛知県社会事業協会が継続して運営していた。
当初の診療科目は内科・小児科・眼科のみ。
院長は大橋国富(大橋眼科)であった。
昭和18年(1943)7月、津島町が同病院を移管し津島町民病院(昭和22年からは津島市民病院)と改称。
町内34の個人病院の協力を得て診療科を6科目まで増加させた。
しかし、昭和24年(1949)7月、火災により写真の建物は全焼してしまうのである。



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