全作品ガイド
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一.「古」を読む。
『恋衣 とばすがたり』(2009)
「酷いことを言っているのは、十分、よく分かっている」
後深草院二条が遺した草紙(日記)を、父・西園寺実兼から手渡された二条の一人娘・露子。
“草紙を読む”という形で、離れて育った娘の視点から、母・二条の数奇な人生を描く作品。宮廷を舞台に“愛”に翻弄される女性としての母、そして自ら“出家”という運命を選んだ母。草紙には、母の秘密が綴られていた。『時平の桜、菅公の梅』(2011)
「私は逃げませぬ。すべては、背負って参りましょう」
孤高の俊才・菅原道真と、若き貴公子・藤原時平。身分も年齢も違う二人は互いを認めつつも、やがて残酷な因縁に辿り着く。国の頂きを目指した男たちの熱き戦いの行方は?千年以上も昔の出来事を題材としているのにも関わらず、現代の政治闘争にも通じる物語。“歴史小説“にして極上の“政治小説”ともいえる一作。
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二.「愛」を読む。
『びいどろの火』(2011)
「また逢ってくれますね。……無茶を言うなと怒りなさいますか」
幼いころ母を亡くした佐登は、血は繋がらないものの心通わせる武家の家族に囲まれて、ひっそりと生きてきた。ある日、ふとしたことで知り合った呉服商・菱屋善兵衛に見込まれ、若主人・善吉の女房となる。佐登は戸惑いつつも新しい生活に踏み出したが、思いがけない障壁が現れる。善吉は、佐登に心惹かれているのに、佐登の肌に触れることができないのだ。やがて、佐登は旅興行の歌舞伎役者・志のぶと許されぬ恋に堕ちる――。恋という「火」に魅入られる瞬間を鮮やかに描く一冊。
『キサキの大仏』(2012)
「いただきたいものがあります。この日の本で、我が君さましかお持ちでないものを」
と、そなたは言ったのだよ。そうして続けたのだ。
「天子の孤独を、私に分けていただきたいのです」内憂外患の渦巻く天平時代、皇族以外から最初に皇后になった光明皇后こと安宿(あすかべ)。国のため、そして国の未来のため、巨大な御仏を造りたい――。夫・聖武天皇の理解者は光明皇后ただ一人。奈良の東大寺大仏に秘められた夫婦愛の物語。
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三.「運命」を読む。
『太閤の能楽師』(2014)
「ではなんだ。ごちゃごちゃ申すな。一言で申せ。能が、儂に何かもたらすか?」
ぱしり。秀吉の手にあった扇が再び鳴った。
「はい、それは……それは」 何か言わなくては。何か。
「神に、なれまする」 自分でも予期せぬ言葉が口を突いて出た。“太閤秀吉を能に没頭させよ――”その密命がどこから下ったのか、その目的も知らぬまま天下人・秀吉に接近する能楽師・新九郎。史実にミステリーの要素を絡めつつ、能の世界観や、秀吉の人柄も見事に引き出した一作。秀吉の描かれ方も秀逸です。
『音わざ吹き寄せ 稽古長屋』(2014)
「兄さん、どうかした?」 お久が遠くから、遠慮がちに声をかけてきた。
「いや、何でもない」 熱くなる目の底を、袖でそっと押さえる。
「お久。一曲、やらないか」ほんの四年前まで女形の役者をしていた音四郎は、足に怪我を負って舞台を去り、今は長唄の師匠として江戸の外れ、元吉原の北・長谷川町で稽古屋の看板を掲げている。三味線の師匠で妹のお久、女中のお光の三人を中心に、身の回りで起こる事件が静かに描かれていくなか、音四郎の怪我の真相も明らかに――。
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四.「情」を読む。
『たらふくつるてん』(2015)
「んでもって、俺たちは絶対、死なず捕まらず、ずっと“面白きを面白き”で行くんだ。おまえは人を笑わすのが、何より好きな業突く張りなんだから」
京の塗師(ぬし)・武平は職場にも家庭にも居場所がなく、楽しみは浄瑠璃や芝居といった見世物を観ること。退屈な毎日をやり過ごしていたが、ある事件に巻き込まれたことをきっかけに京を追われてしまう。逃れた先の江戸で出会った絵師の石川流宣(とものぶ)らに導かれ、武平は噺家の道を進むことに――。
「江戸落語の始祖」といわれた鹿野武左衛門(しかの・ぶざえもん)の半生をテンポよく描いた一作。『寄席品川清洲亭』(2017)
――ああ、みんな良い顔してるなぁ。
帰っていく客の顔を見ながら、秀八は自分もゆったりとした気分になった。
時は幕末、ペリー来航直後の品川宿。落語好きが高じて、寄席の開業を思い立った大工の棟梁・秀八。腕はいいが、喧嘩っ早い。駆け落ちして一緒になったおえいは、団子屋を切り盛りするしっかり者の恋女房。幕末の品川を舞台に、小さな寄席をめぐる悲喜こもごもを描く一冊。さて、寄席は無事に開くのか?作中に登場する亀松鷺大夫、亀松燕治の「尾張弁」にも注目!
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五.「みらい」を読む。
「集英社みらい文庫」伝記シリーズ
『日本の神さまたちの物語 はじめての「古事記」』(2012)
『清少納言と紫式部 千年前から人気作家!』(2014)
『戦国ヒーローズ!! 天下をめざした8人の武将』(2014)
『真田幸村と十勇士』(2015)
『真田幸村と十勇士 ひみつの大冒険編』(2016)
『三国志ヒーローズ!!』(2016)
『西郷隆盛 信念をつらぬいた維新のヒーロー』(2017)
「若い読者の皆さんの、入門の第一歩を手助けできれば」
奥山先生が、熱い思いを込めて書かれている児童向けの伝記シリーズ。現在9冊が刊行され、刷を重ねる人気となっています。
「このシリーズを書くことで、勉強し直し、歴史を物語としてどう伝えるのかも、改めて考える機会になりました。」と奥山先生はインタビューで語っています。子どもから大人まで、是非手に取って頂きたいシリーズです。 -
六.「津島」を読む。
奥山先生の作品には「津島」が登場する作品が幾つかあります。
『音わざ吹き寄せ 稽古長屋』では、津島市民のソウルフード・“くつわ”を囓る場面が登場します。少し覗いてみましょう。紙包みを開けると、茶色の揚げ菓子がごとごとっと現れた。
――おや、この菓子は。
「いただきます」
「ああ、お光さん、与吉も。この菓子は、いきなり歯に当ててはならぬ」
行儀良く手を合わせて食べようとした二人を、難丸は思わず制した。
「これはな、くつわと言って、大層固い。そのつもりで噛まぬと、顎がびっくりする」
楕円の輪のような形の端っこを今にも勢いよく囓ろうとしていたお光が、目を丸くして菓子を持ち直し、そっと口に入れた。与吉も横でまねをしている。
「ほんとだ、かたあい」
ごりっと潔い歯の音をさせると、お光がころころと笑った。歯ごたえが面白いのか、与吉も躍起になって囓っている。
「おこしより固いなんて。与吉坊、子どもの歯が抜けるかも。でも先生、よくご存じですね。お武家のお弟子さんが持ってきてくれたお菓子なんだけど」
(中略)
――尾張藩の、若造かな。
くつわは尾州津島天王社の名物である。尾張のご城下には、芝居や見世物の多くかかる繁華な場所があるから、芝居狂いの若者が出ても不思議ではない。“くつわ”を囓る音が、「ごりっと」と表現されていることに、共感する人も多いのではないでしょうか?
他にも『びいどろの火』では、場面そのものは名古屋の州崎神社を描いたものですが、“天王祭”が登場します。今年の“天王祭・宵祭”は、台風のため残念ながら中止となってしまいましたが、小説を読んで“巻藁船”をご覧になってみてはいかがでしょうか。
『葵の残葉』を読む。
『葵の残葉』あらすじ
「余も、そなたたちも、どこへ行こうと、何があろうと、まごうことなき、葵の末葉だ。
いかなる時も、それを忘れぬように。良いな」
明治11(1878)年9月3日、正装に身を包んだ四人の紳士が銀座の写真館に集まり、記念写真を撮る場面から物語は始まる。彼らは、尾張徳川家当主・徳川慶勝(よしかつ)、一橋徳川家当主・徳川茂栄(もちはる)、会津松平家当主・松平容保(かたもり)、そして桑名松平家当主・松平定敬(さだあき)。徳川傍系の美濃高須松平家の当主松平義建(よしたつ)を父とし、それぞれ藩主となった「高須四兄弟」である。
激動の幕末、尾張藩主・徳川慶勝を主人公に、幕府派と倒幕派に分かれ対立しながらも、新時代の礎を築いた“葵の残葉”たる最後の徳川の殿様・高須四兄弟の運命と苦悩を描く歴史小説。第37回新田次郎文学賞受賞作品。
「青松葉事件」とは?
慶応4(1868)年1月20日、名古屋城内で発生した佐幕派の渡辺新左衛門(わたなべ・しんざえもん)ら重臣十四士を「朝命により死を賜(たま)ふものなり」の一言で粛清し、勤皇を表明した事件のこと。これにより藩内が勤王倒幕の立場に統一され、尾張藩は新政府側に立って旧幕府軍と戦うことになった。『葵の残葉』では、重要な場面に登場する「事件」である。
写真は、名古屋城二之丸広場に建つ“青松葉事件の碑“。
幕末を駆け抜けた高須四兄弟
尾張徳川家の分家・高須松平家に生まれた慶勝には、敵味方に分かれて戦った茂徳、容保、定敬の三人の弟がいる。その中でも茂徳は、慶勝の次に尾張藩主に就き、慶勝の側近を一掃して大老・井伊直弼に従う方針を示した。井伊直弼が暗殺された「桜田門外の変」の後、慶勝が藩政に復帰すると藩内で対立が起こり、藩政は混乱。その後、茂徳は尾張藩を出て、一橋徳川家を継ぐ。
容保は会津松平家を継ぎ、京都守護職として新選組を傘下に置いて活躍したが、慶勝とは長州処分をめぐって対立。また定敬は、鳥羽・伏見の戦いで薩長両藩に挑んだものの敗走し、後に新政府側に捕らえられた。
新政府側に立っているため、表立って徳川方の救済活動ができない慶勝に代わって、容保と定敬の助命嘆願に奔走したのが茂徳だと言われている。容保と定敬の謹慎が解除されたのは、明治5(1872)年のことだった。
もっと読む、『葵の残葉』
『葵の残葉』をもっと楽しむための作品を紹介します。まずは、奥山先生が書かれた『葵の残葉』スピンオフ作品から。
『名古屋城金鯱哀話』 『pen+ 名古屋城から始める、名古屋カルチャー・クルーズ』掲載作品(2018)
明治12年、梅香る庭園で多くの人間が“こちら”を仰ぎ見ている。“こちら”とは、名古屋城の天守閣に上がった金鯱の夫婦。そう、この物語の主人公は“名古屋弁を喋る金鯱の夫婦”。
――ああ、やっと帰ってこれたがね……。金鯱の夫婦は春の日差しに包まれながら、お互いの無事と再会を言祝ぎ合い十年前の記憶を語り始める――「お殿さまが、しきりにあの箱を抱えてりゃぁた頃」のことを。さて、「お殿さま」の正体は?
『鈴の恋文』 『時代小説ザ・ベスト2017』掲載作品(2017)
12の短編を収める時代小説アンソロジーの一作『鈴の恋文』。遊女・鈴の心中を描く作品ですが、ここでは鈴に恋文の代筆を頼まれた女郎屋の客人・彦四郎に注目を。
彦四郎の本当の身分は、美濃高須藩家臣。尾張藩主に美濃高須藩の次男・秀之助を擁立すべく連絡役を引き受けていたが、書状を紛失してしまったため身を隠しているという『葵の残葉』前夜を描いた作品です。「次男・秀之助」が誰を指すのかは、分かりますよね?
徳川慶勝を主人公とした小説には、名古屋市出身の作家・城山三郎さんが書かれた『冬の派閥』(1982)があります。幕末の尾張藩内の派閥抗争、明治維新以降に開拓のため北海道に入植した家臣の辛苦、そして組織と人間の在り方を問う名作です。
また、徳川慶勝について、もっと知りたい方には『写真家大名・徳川慶勝の幕末維新』を、徳川慶勝が撮った写真をたくさん見たいという方には『写真集 尾張徳川家の幕末維新』をそれぞれオススメします。幕末の尾張藩の歴史を分かりやすくまとめているのは、その名もずばり『幕末の尾張藩』。これらの関連本も是非ご覧ください。『葵の残葉』の世界、もっと楽しみましょう。