追悼2020
色々なことがあった2020年も残りわずかとなりました。今年も多くの方との別れがありました。
「さよなら」と「ありがとう」の心を込めて、今年亡くなられた方々の本をご紹介します。
1950年、東京都東村山市生まれ。付き人を経て、1974年に「ザ・ドリフターズ」の正式メンバーになった。高視聴率番組「8時だヨ!全員集合」で歌った「東村山音頭」で人気を博す。「バカ殿」や「変なおじさん」など、独特のキャラクターを生み出した日本を代表するコメディアン。
1938年、広島県尾道市生まれ。80年代、故郷で撮った「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の“尾道三部作”で幅広い注目を集めた。近年は、戦争の記憶の継承と、再び誤った道を進みつつあることへの警鐘をテーマにして作品を制作した。
1935年、京都府生まれ。峰山高から1954年、南海にテスト入団。57年に初の本塁打王、65年には戦後初の三冠王に輝いた。南海の黄金期を支え、70年に選手兼任で監督に就任、73年にパ・リーグ優勝を果たした。90年にヤクルトの監督に就任。データを重視する「ID野球」を掲げて改革し、92年にリーグ優勝。93年に連覇し、自身初の日本一に。99年~2001年に阪神監督、06年には楽天監督に就任。数々の名言とぼやき節でも人気を博し、球界を長く支えた。
■ 佐伯チズさん(美容家) ■ 髙木守道さん(プロ野球選手・監督) ■ 岡江久美子さん(女優) ■ 内海桂子さん(漫才師) ■ 城戸崎愛さん(料理研究家)
1937年、東京生まれ。空襲を受け岐阜に疎開、終戦を迎えた。東京大学でドイツ文学を学び、20代は大学で教えながら翻訳も手掛け、作家になった。1971年に『杳子(ようこ)』で芥川賞受賞。人間の内面を見つめた「内向の世代」の代表格となる。緻密な文体と練り上げられた日本語表現で人の心を探求。日本純文学作家の最高峰の一人とされている。
1923年、愛知県西尾市生まれ。東京文理科大(現・筑波大)英文科を卒業後、英語研究誌「英語青年」編集長に就く。68年からお茶の水女子大教授。生き方、考え方のヒントといった幅広いテーマのエッセイも得意とし、国語の教科書や入試問題に頻出する著者としても知られる。
1950年、福井県生まれ。早稲田大学を中退後、渡仏。帰国後、86年に『野望のラビリンス』で作家デビュー。95年『鋼鉄の騎士』で日本推理作家協会賞。冒険小説やミステリで評価を集め、その後恋愛小説も手がけた。2001年に『愛の領分』で直木賞を受賞。96年に妻の小池真理子さんが直木賞を受けており、初めての夫婦受賞となった。
■ C.Wニコルさん(作家)
■ 岡井隆さん(歌人)
■ 小柴昌俊さん(物理学者)
■ 大城立裕さん(作家)
■ 坪内祐三さん(評論家)
■ 小林泰三さん(作家)
1931年、大阪生まれ。京都大学中退後、人形劇に打ち込み、子どもの本の仕事を始めた。保育園の取材をもとに故・古田足日さんと共作した『おしいれのぼうけん』は、累計発行部数230万部のロングセラーに。そのほか「さっちゃんのまほうのて」、「ダンプえんちょうやっつけた」などの作品がある。
1927年、東京生まれ。22歳で歌手デビューし、55年の「ガード下の靴みがき」が大ヒット。ミュージカルの役作りで、脳性まひの子どもがいる施設を訪問したことをきっかけに、68年に私財を投じ肢体不自由児童養護施設「ねむの木学園」を開いた。作家の故・吉行淳之介さんの長年のパートナーとしても知られる。
1932年、徳島市生まれ。日本銀行に勤め、新潟市で暮らしていた77年11月15日、当時13歳で中学1年だった長女めぐみさんが、下校途中に行方不明となった。北朝鮮による拉致だったことが、97年2月に表面化。滋さんはめぐみさんの名を出して救出を訴えることを決意。97年からは「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」の代表として精力的に活動し、拉致被害者帰還を求める運動のシンボル的存在となった。
■ 手島悠介さん(絵本作家) ■小野かおるさん(絵本作家)